盗作とオリジナルの境界とは?~様々な手法から知る作品への眼差し~

近年、さまざまな世界で話題になっている盗作・パクリと言った問題。他人の著作物を模倣するのは良いことではない…だれもがそういった認識は持っているでしょう。しかし、その一方で境界線が微妙でわかり辛いのも事実です。 - 盗作に過剰反応するとアイデアが消滅する!?

盗作に過剰反応するとアイデアが消滅する!?

「空気」による自主規制が過ぎるとアイデア自体が消える!?
アイデアの盗用は許されないことですが、あまりにも厳しく取り締まりはじめると、そもそも新しいアイデアを発表すること自体が減少してしまいます。日本では「空気を読む」という言葉がありますが、読みすぎるのも問題です。

まわりの空気を気にするあまり、互いが互いを見張っているような状態におちいると、悪いことはできなくなります。ですが同時に、新しいことや既存の技術を発展させたものを発表するのをためらう人も増えるでしょう。

ですから、やはり盗作かどうかという問題を解決するのは、当人同士の議論によってのみであるべきです。安易な世の中の「空気」によって、ひとりの作家が消えていくのは、文化の発展という点からみて望ましくないことでしょう。

疑わしきものを糾弾するのがいけない、というわけではありません。ですが、「空気」の作り出した声が評価と同義になるのはどうかと思います。作品の評価というものは、人々が抱く印象や感想とは別に存在しているべきでしょう。

よって、一部の声が大きくなりやすい今の時代こそ、作品をあつかう人々は「空気」に押しつぶされないための、強固な体制やシステムを作るべきです。作家が安心して創作に打ち込めなければ、さらなる文化の発展は望めないでしょう。